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【2018/08/17 03:38 】 |
二十五本目「カッコーの巣の上で」


のひゅのひゅ二十五本目!

刑務所に行くことを嫌ったマクマーフィーという男が精神病院に入院してきます。
マクマーフィーは、規則だらけで婦長が決めたルールによって縛られている閉鎖的な病院生活で、自由を勝ち取りみんなを統率し、圧倒的な反抗を見せていきます。
ワールドシリーズを見たいがために多数決をとったり、海に行って遊んだり、とにかく奇抜なやり方ですが自由を求めて婦長と戦います。
しかし、ある日婦長を怒らせてしまいます。なんとマクマーフィーたちは女友達を連れ込み、夜中に酒を飲みダンスを踊り、やりたい放題暴れるのです。
そのせいでマクマーフィーは特殊な手術を施され、言葉も喋れず動けず廃人のようになります。
そして患者のチーフは、そんなマクマーフィーを窒息死させ、彼が持ち上げることの出来なかった水飲み台を窓に放り投げ、派手に割ってしまうのです。

面白かったです。
この映画は、ラストでチーフが窓をぶち破るために作られたようなものだと思いました。
マクマーフィーは、序盤で重い水飲み台を持ち上げられるか、無理なのか賭けをします。しかし彼は持ち上げることができなかった。
でも、持ち上げることができたら奇跡が起きると、マクマーフィーは言っていたのです。
だからチーフは、水飲み台を窓に放り投げて割るのです。その意味をいちいち言葉に出すのは野暮でしょう。
単純に言えば「閉鎖的な居場所から自由を勝ち取る」というものですが、ただ規則だらけの病院に反抗するだけじゃない。だってそんなシンプルな理由だけだったら、窓を割ることに意味は見いだせません。
彼ら全てには自由というものに深い意味があり、病院からの脱出もそうですが、人生からの脱出もしくは自由、苦しみからの逃亡。色んな意味が込められているから、窓が割れることには意味があるのです。

ラストはとにかく必見です!

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【2010/07/15 03:27 】 | 未選択 | コメント(0) | トラックバック(0)
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